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<心中?>母親と長男が死亡、首や胸に刺し傷 岐阜・関 24日午前6時半ごろ、岐阜県関市武芸川町高野、無職、杉下あけみさん(34)方の6畳洋間で、あけみさんと長男で市立博愛小5年の裕紀君(10)が布団の上で血を流して倒れているのを、同居しているあけみさんの母親(81)が見つけ、119番した。県警関署員が駆けつけたところ、2人は既に死亡しており、あけみさんの首と裕紀君の胸に刃物による傷があった。部屋から包丁が見つかり、外部から侵入した形跡がないことなどから、心中の可能性が高いとみて調べている。 調べでは、あけみさんはTシャツに半ズボン姿でうつぶせ、裕紀君はパジャマ姿であおむけに倒れていた。あけみさんの首の下から包丁が見つかった。着衣に乱れはないという。 あけみさんは裕紀君と母親との3人暮らし。離れであけみさんの姉家族4人が住んでいる。 博愛小の井深智子校長は「裕紀君は23日、プールに来て元気に帰宅した。悩みなどの相談はなく、経済的に困っている様子もなかった」と話している。 毎日新聞 「裕紀君は23日、プールに来て元気に帰宅した。悩みなどの相談はなく、経済的に困っている様子もなかった」と言う校長の言葉をそのまま信用するとしたら、少なくとも裕紀君に死ぬ気はなかったと言える。 心中と言うのは、あくまで死ぬ当事者全てが、死ぬことを承諾し、納得していなければならない。 無理心中などと言うが、そんなのはない。それは単なる殺人であり、犯人の自殺以外の何物でもない。 わずか10年で、恐らく大好きだっただろう母親に、無理やり人生をお終いにさせられた裕紀君が哀れで、悲しくてならない。家庭に父親がいないようだ。もしかしたら、校長の言葉と違い、経済的に苦しかったのかもしれない。が、それでも、祖母が一緒に暮らしている。子育ても大変だっただろう。経済的にも恵まれていなかったかもしれない。 だが、世の中には、たった一人で、身内の助けを受けることも出来ず、それでも頑張って、複数の子供たちを一所懸命育てている母親が一杯いるのだ。 これまで何度も書いてきた。どの親だろうが、子供の人生に責任は持つことが必要だが、その子の人生を奪う権利など誰にも無いのだ。 裕紀君の人生の決着を決められるのは、裕紀君と神様以外にいないのだ。 こう言う殺人を、無理心中などと表現してはならない。母親に同情してもならない。 理由は有るだろうし、辛い気持ちもわからないでもない。が、子を殺したその瞬間、その人は親ではなく、単なる殺人者になるのだと言うことを、もう一度理解すべきだろう。 裕紀君の来世が、素晴らしいものになることを祈りながら、ご冥福をお祈りします。 |
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>裕紀君の来世が、素晴らしいものになることを祈りながら、ご冥福をお祈りします。 |
あははははは 2008/07/25 23:00 |
下らんこと言いに、わざわざ来るな、低脳。 |
クルトンパパ 2008/07/26 08:48 |
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