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zoom RSS 忌野清志郎さん、ロック葬で送られる

<<   作成日時 : 2009/05/07 08:23   >>

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     ロックライブ葬で清志郎さん送る 密葬に約110人が参列

 2日にがん性リンパ管症で亡くなった歌手、忌野清志郎さん(享年58)の葬儀・告別式が4日、東京・下目黒の羅漢会館で密葬として営まれた。前夜のしめやかな通夜から一転、RCサクセションの名曲「雨あがりの夜空に」など15曲が流れる中、司会者が「愛し合ってるかい!」「もう一発いくか!」と絶叫する“ロックライブ葬”となった。

 密葬は冒頭から異例の展開だった。司会に起用されたのは、レコード会社で長年、清志郎さんの宣伝を担当し、現在もフリーとして清志郎さんのライブやイベントなどで“絶叫調”の司会をしてきた高橋康浩さん(46)。「盛大なる拍手と喝采(かっさい)をお願いします。フォーエバー! いまわのきよしろー!!」と叫び、「今日はボスのためにライブのような告別式を行います」と宣言した。

 赤いバラなど明るい色の花で彩られた祭壇の中、ピンク色で縁取られた遺影がほほえむ。「暗いことが嫌いだったので、明るく送り出そう」という遺族や親しい関係者の希望で、清志郎さんの楽曲を大音量で流し続ける中、映画での共演で親交があった大竹しのぶさん(51)をはじめ、竹中直人さん(53)、細野晴臣さん(61)、トータス松本さん(42)、RCのギタリスト、仲井戸麗市さん(58)ら約110人が参列した。

 喪主あいさつでは、夫人の栗原景子さん(53)は「本人も2回目の完全復活を目指して頑張ってまいりましたが、夢はかないませんでした。まだ気持ちが混乱しております…」と涙で声を詰まらせた。

 出棺時には、清志郎さんの事実上最後の歌声とみられる「Oh!RADIO」が繰り返し流れる中、「キヨシロー、サンキュー!」「また会おうぜ!」と、別れを惜しむ参列者の声が葬儀場にこだました。産経新聞


ロック葬、とても葬儀とも思えない感じだったようだが、彼の最後にはきっと、一番ふさわしい送り方だったんだろうなあ。

たばこを吸いながら
いつでもつまらなそうに
たばこを吸いながら
いつでも部屋に一人

ぼくの好きな先生
ぼくの好きなおじさん


この歌を聴いたのは、もう30年以上前の高校時代。
残念ながら、こんな先生には会えなかったが、何となく気になる存在だった「あるひさくせいしょう」ことRCサクセション。

特別にファンだったわけじゃない。が、なぜか、彼らの歌は知ってる。
そう言う存在。ほとんど、日本のロックを聴かない私が、一番知ってるロックシンガーが彼だった。

ステージでド派手な印象とは違い、どうやら本人は結構恥ずかしがり屋で、家族思いの人だったらしいなあ。そんなものだろうね。シャイだから、ステージはあんな感じになるんだろうなあ。

あと、自転車ファンとしても有名な人。
テレビで見たが、幼馴染がやってる雑誌の企画で、確か、東京〜鹿児島まで、自転車で行くと言う企画で、当時は初心者だった彼のことを考え、簡単なルートを行こうとしたのに、「最初から出来るとわかってるなら挑戦する価値は無い」と言う事で、厳しいコースを選択したんだそうだ。
きっと、そんな感じで、歌も人生も送ってきたんだろうなあ。

ロック葬。密葬があれだったから、きっと、告別式はもっと派手になるんだろう。
そう言う送り方が有っても良い。

1日中、走りながら涙が止まらなかったと言う間寛平。アースマラソンを走る彼のための応援歌、それが最後の映像になったし、自分が歌うための歌としては、きっと遺作になったんだろうな。
あいつの死は認めない。
そう言って、通夜にも告別式にも行かないと言った泉谷しげる。それも有りだな。
必ず連れ戻す、そう言う思いがあれば、簡単に死なんか受け入れたく無いだろうしね。


それにしても58歳。
まだ自分のブルースは続く、と言う事でガンとの闘いに臨んだ忌野清志郎さん。

衷心よりご冥福をお祈りします。

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