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zoom RSS さよなら二郎さん

<<   作成日時 : 2011/03/11 08:19   >>

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        訃報 坂上二郎さん76歳=コント55号で活躍

 萩本欽一さん(69)とのお笑いコンビ「コント55号」で活躍し、俳優としても個性的な演技を見せたコメディアン、坂上二郎(さかがみ・じろう)さんが10日、脳梗塞(こうそく)のため栃木県内の病院で死去した。76歳。葬儀は近親者のみで行う。喪主は妻瑤子(ようこ)さん。

 鹿児島市生まれ。1952年、NHKのど自慢出場を機に歌手を目指し上京。歌手の青木光一さんの付き人を務め、次第に歌謡ショーの司会や漫才をするようになった。安藤ロールの芸名で1人コントをしていた66年、萩本さんを誘い「コント55号」を結成。舞台を激しく動き回る萩本さんと、とぼけた坂上さんとが掛け合うコントが注目を集め、テレビを通じて人気者となった。

 人気絶頂期の69年には「コント55号!裏番組をブッ飛ばせ!!」での、坂上さんと女性タレントとの野球拳が話題になり、高視聴率を記録。「二郎さん」の愛称で親しまれ、「飛びます、飛びます」などのギャグは流行語となった。

 70年代後半からは、俳優、タレントの仕事が中心に。「夜明けの刑事」「スクールウォーズ」などのドラマや舞台で、人情味あふれる役柄を、誠実さをにじませて演じた。クイズ番組「ぴったしカン・カン」には、萩本さんと長く出演した。歌手としても、74年に「学校の先生」がヒットした。

 2003年9月に脳梗塞で倒れたが、リハビリの結果、04年に舞台に復帰し萩本さんと共演。05年には新曲も発表、芸人の育成などにも力を入れていた。10年に自宅で倒れ頭部を強く打ち、療養を続けていた。

毎日新聞 3月10日(木)

コント55号の坂上二郎さんが亡くなった。

私にとって、コント55号は、クレイジーキャッツに続き、嫌になるほど笑わせてくれた人だった。

1968年に始まった「コント55号の世界は笑う」、そして何より翌年から始まった「コント55号の裏番組をぶっ飛ばせ!」、本当に笑ったよ。
「裏番組をぶっ飛ばせ!」は当事圧倒的な強さを誇っていたNHKの大河ドラマ「天と地と」をぶっ飛ばせ!とばかりにはちゃめちゃでねえ。
特にわれわれがぶっ飛んだのはやっぱり「野球拳」だったよね。

女性がテレビで、下着姿になる、と言うのは当時、まだ小学生だった私に衝撃的だったよ。
よく親も何にも言わずに見せてたなあ(笑)、面白かったからかな?

どうやら、欽ちゃんはこの番組が嫌いだったらしい。コントがあんまりなかったからね。

そう言う意味で言えば、「コント55号のなんでそうなるの?」は私も好きだったね。
コント55号のコントが本当に面白かったし。
その後は、だんだん、コンビとしての姿は見られなくなっていったけど、たまに見ると面白かったな。

たれ目の欽ちゃんと、ちっこい目の二郎さん。
二人がはちゃめちゃに舞台を走り回り、どつきまわし、先が読めないコントに笑い続けていた。
面白かったなあ。本当に。

クレイジーキャッツもハナ肇、植木等、谷啓さんが亡くなり、ドリフターズもいかりや長介さんが亡くなり、漫才でも横山やすしさんが亡くなってるし。

私を一杯笑わせてくれた、昭和の笑いがどんどん、天国に行っちゃったんだねえ。

さよなら、坂上二郎さん、ご冥福をお祈りします。

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