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zoom RSS 烈風改、図面発見

<<   作成日時 : 2013/03/22 08:03   >>

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    <烈風改>幻のゼロ戦後継機…設計図、群馬で発見

 太平洋戦争で使われたゼロ戦の設計などで知られる航空技術者、堀越二郎氏(1903〜82)の出身地である群馬県藤岡市の親戚宅から、同氏が手掛けた「烈風改(れっぷうかい)(A7M3)」の詳細な設計図17枚が見つかった。同機はゼロ戦の後継機とされたが、試作機すら造られず終戦を迎えた「幻の戦闘機」。設計図の寄贈を受けた同市は、堀越氏を主人公のモデルにしたスタジオジブリの映画「風立ちぬ」の公開に合わせて今夏、企画展で展示する。

 ◇設計者の映画、今夏公開

 同市によると、設計図はいずれもA1判(横約84センチ、縦約60センチ)。製図日は1944年6月から45年7月となっており、機体の先端部分やエンジン付近のタンクなど4種類の部品が描かれていた。情報漏れを防ぐためか、機体の名称部分は破り取られていた。

 設計図は05年2月、市内に住む堀越氏の親族が「蔵で見つけた」として同市に寄贈した資料約500点の中にあった。今年2月、専門家に鑑定を依頼し、開発の時期や部品の形状から烈風改と判明した。同機については、全体像の図面などが確認されるにとどまっていた。

 烈風改は、三菱重工業が開発を進め、社員だった堀越氏が設計主任を務めた。地上1万メートル以上で米爆撃機B29との対戦を想定していた。44年12月〜45年1月の空襲で名古屋市にあった同社工場は壊滅し、数百人の従業員が死亡。同社によると、堀越氏は疎開先の長野県松本市で開発を目指したという。堀越氏は同社を定年退職後、防衛大教授などに就任した。資料を保管する藤岡市文化財保護課の軽部達也課長補佐は「終戦の間際まで、より高度な技術を追い求めた様子が伝わる」と話す。

 20世紀の航空開発資料を収集する日本航空協会航空遺産継承基金(事務局・東京)の長島宏行氏によると、GHQ(連合国軍総司令部)は日本の航空機開発を禁じ、機体や資料を没収した。「これだけの設計図が一般の家から見つかるのは、非常に珍しい。設計者の思い入れが強く、終戦後も手放せなかったのでは」としている。

毎日新聞 2013年3月21日(木)

 烈風改、大戦末期にゼロ戦の後継機として開発が進められた「烈風」の高高度対応型機。
 ただし、烈風は8機ほど試作機ができたが、烈風改は全く試作すらされないまま、終戦を迎えたようだ。

 烈風と言うのは、それほど軍事や兵器に詳しくない私は、川又千秋氏の「ラバウル烈風空戦録」で初めて知って、まだ、空想戦記など知らなかった頃なんで、本当に実在したと最初は思ったことを覚えている。それからすぐに空想戦記ものにはまっていく中で、事実はわかったんだけどね。

 おそらく、「烈風」「烈風改」が戦争に間に合ったとしても、実際の戦局には大した違いは出なかっただろうとは思う。ムスタングやヘルキャットと十分に渡り合えただろうが、すでに、戦局に影響を与えるほどの大量生産能力も無かったし、物資も無い、飛ばすための燃料も不足しているし、そもそも熟練したパイロットが絶対的に足りなかったのだからね。

 平和な時代に発見されたというのは、もしかしたら、烈風改にとっては幸せだったのかもしれないな。どうか、1機でも2機でも良いからぜひ完成させ、日本の大空を自由に舞わせて欲しいと思う。出来れば、烈風も一緒にね。

 あと、震電なども復元してさ、大戦当時の日本の技術が如何に高かったのか!を知らしめて欲しいと思うのだけどね。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
一機ぐらい作って飛ばしてみると面白いですね。
後は、航空博物館に飾っておくと!
(=^・・^=)
2013/03/22 12:54
それで良いと思います。何かの記念日とか、そう言うときだけ飛ばして。
日本の航空技術がいかに優れていたかを示す証拠ですから。
クルトンパパ
2013/03/22 13:12

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