クルトンパパのいろいろ日記

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zoom RSS 大横綱、逝く

<<   作成日時 : 2016/08/01 13:54   >>

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 元横綱千代の富士の九重親方が死去 がん転移で闘病

 大相撲の元横綱千代の富士の九重親方(本名・秋元貢)が31日、東京都内の病院で死去した。61歳だった。

 同親方は2015年名古屋場所を全休し、膵臓(すいぞう)がんの手術を受けた。その後は職務に復帰していたが、最近はがんの転移が見つかったとされ、闘病を続けていた。

 九重親方の略歴は以下の通り。

 ◆九重貢(ここのえ・みつぐ)元横綱千代の富士。本名は秋元貢。1955年(昭30)6月1日、北海道松前郡福島町生まれ。70年秋場所初土俵。75年秋新入幕。81年秋から横綱に。通算1045勝。優勝31回。三賞7度。金星3個。89年には国民栄誉賞に輝いた。91年夏場所限りで引退後、年寄陣幕襲名。92年4月に九重を襲名し部屋の師匠に。08年2月に理事初当選。広報部長、審判部長、巡業部長などを経て、12年2月から事業部長。15年名古屋場所を休場し、膵臓(すいぞう)がんの手術を受けていた。家族は夫人と1男2女。現役時代は183センチ、127キロ。

日刊スポーツ 2016年7月31日(日)

 小池圧勝など問題にならないくらいの衝撃だった。まだ幕内には定着した感じだが、番付を上がったり下がったりしていた頃からのファンだった。小兵なのにとにかく上手投げに拘って、豪快に相手を投げる、その取り口が好きだった。

 その反動でよく脱臼してた。また、大きな相撲がなかなか上位には通じなかったなあ。それが脱臼防止のために筋肉の鎧をつけ、さらに取り口も前褌を取っての速攻に変わって行ってから、一気に強くなった。取り口が変わってもやっぱり好きだったなあ。

 当時は北の湖が大横綱として君臨していて、憎たらしいほど強かった。その北の湖時代に終わりを告げさせ、大横綱として君臨した千代の富士。大鵬の32回にあと1回と迫った優勝回数だが、その1回が限りなく遠かった。最後は貴花田に破れ、「体力の限界。気力も無くなり」と言って引退した。寂しかったなあ。

 考えてみれば、千代の富士以後、ファンだと公言する力士がいない。私の最後のひいき力士だったかもね。

 本当は北の湖理事長の後を受けて理事長となって、協会をさらに発展させるべき人だったのだが、まさかの理事選での落選。何があったか知らんが、もったいなかったな。

 当然大鵬、北の湖に続き3人目の1代年寄りになるはずだったが、1代年寄りでは部屋の継承が難かしいとか言って辞退して、九重親方になった。去年の還暦土俵入りでは見事な体を見せてくれてたから、まさかこんなに早くとは想像もしなかった。四股の足が現役当時のようには上がらなかった、親方となって四半世紀近く経ってても、見せられる体を作って見せたプロ根性が素晴らしい。

 今頃は先代貴乃花や北の湖、そして最大のライバルであった隆の里らとまた相撲をとってるかも知れない。一番の新人としてあごで使われてたりして。

 衷心よりご冥福をお祈りします。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
相撲の一時代を築いた人でした。
ご冥福をお祈りします。
世界史は面白い
2016/08/02 18:07
世界史は面白いさん、おはようございます。
本当に凄い横綱でした。
クルトンパパ
2016/08/03 07:07

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